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  • 2013.04.25 Thursday
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僕にとってのそんな場所。

 広島から横浜へ出てきて、トボトボと横浜の街をあてもなく歩き、小さな丘に昇った。

 そこはちょっとした広場になっていて。

 横浜の広い景色を見下ろした。

 その時、下からフワッーと冷たい風が吹いてきて。

 「オレはこれからどうなっちゃうんだろう。」

 矢沢永吉さんは思ったそうです。

 何とか音楽で生計が立つようになった時、またそこに昇って矢沢さんは自分と対話した。

 節目節目に訪れて、自分と会話する場所。

 「みなさんにもそんな場所があるでしょう。」

 矢沢永吉さんが去年の日産スタジアムでのライブで話していた。


 
 朝遅くに起きて、キリンビールでお節を摘まんで、ユラユラしながら僕は今日も息子達とその場所に出掛けた。

 自宅から徒歩10分の大宮公園の遊園地。

 そこに、子供100円、大人200円で乗れる飛行機の遊具がある。

 乗車するとゆっくりと旋回しながら、大宮公園を一望できる。

 
 結婚して大宮に越してきて、長男が生まれて、次男が生まれて。

 僕は当時勤めていた会社を辞めたくて、辞めたくて。

 自分で会社をやりたくて、やりたくて。

 その思いが毎年ドンドン大きくなって。

 成功する確信はあったけど、不安も少しはあって。

 そんな思いを胸に抱えながら、まだ小さかった息子や家人と僕はこの飛行機に乗っていた。
 
 サラリーマンを辞めて負けるわけにはいかなかったあの頃。

 毎日が必死だった三年間も、僕は週末時間があれば息子達とこの飛行機に乗っていた。
 

 
 今日も息子達と三人で乗った。

 当時の気持ちを、旋回しながら思い出していた。

 飛行機を降りて露店めぐりをした。

 大きなチョコバナナを手にした息子達とベンチに座って、ここが僕にとってどんな場所なのかを彼らに話した。

 
 今日のこともきっとまた、大宮公園の飛行機に揺られながら思い出すんだろうな。

 2013年元旦。


 桑村よしくに

 
 

 



 

 


 

 


愛とは何か。再考。

 午前中に年明け進行の仕事をいくつか済ませて、夕方から家人と散髪に出掛けた。

 髪を切って、家人と散歩代わりにブティックをいくつかまわった。

 こうして二人で歩く時間が好きだ。

 早くも来シーズンのスプリングコートが並んでいたので、ワンピースとダウンジャケットと一緒に家人にプレゼントをした。

 「男は女次第。女は男次第。」

 誰が言ったか知らないが、名言だと思う。

 幸せにすると約束して結婚したのに、妻を愛さない男が増えている。

 みっともないし、バカだと思う。


 蟹やメロンも買ってタクシーに乗った。

 チラッとプレゼントをしてあげただけで家人からは柔らかいムードが漂っていた。

 こういう空気に触れることこそ幸せの瞬間だ。

 
 愛してほしければ愛することから始めよう。

 仕事も恋愛も育児も全て同じだと、僕は思います。

 全ては自分次第。


 あけましておめでとうございます。

 今年も宜しくお願いします。

 
 但し、今年も気持ちの通わない人達とは一切お付き合いする気持ちはありません。

 うふふ。


 桑村よしくに

 
 


 


 
 


 

 

 


母のこと

 久しぶりに実家へ帰った。

 治ったはずの母の乳ガンがどうやら肺に転移したらしい。

 何とも言葉にできない。


 三歳の時だった。

 生きてる者には全て寿命があって、人間も必ず死ぬことを知った。

 その時真っ先に脳裏に浮かんだのが母の死だった。
 
 僕にとって一番大切な人だったから。

 気が変になるくらい悲しみが全身を支配した。

 涙が止まらなかった。

 「母にだけは死んでほしくない。」

 その一心だった。

 化粧台に座っていた母に向かって「お母さん死なないで!」と何度も泣きながら叫んだ。

 「お母さんはすぐには死なないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」と母は僕を抱いて静かに笑っていた。


 今夜もあの時と同じだった。

 母は「大丈夫だよ。すぐには死なないから、大丈夫だよ。」と静かに笑っていた。

 
 かける言葉も見つからないけど。

 お母さん、僕を産んで育ててくれて本当にありがごうございました。

 これからは毎週伺ってあなたの話しを聞きます。

 どうぞ一日でも長く元気でいて下さい。


 桑村よしくに

 

 桑村よしくに

 

 


北鎌倉の少年

 列車を降りて改札を出ると青い空が広がった。

 冬の太陽が海風を纏って鈍く輝く。

 逗子へ来た。


 大宮から新宿湘南ライナーに乗って90分。

 ずっと車窓を眺めていた。

 高校時代に通った駒込、オープン当時は今のスカイツリーどころの騒ぎじゃなかったサンシャイン60、昔は操車場だったサザンテラス、サラリーマン時代に通勤で歩いた渋谷の路地裏、明治学院のある目黒、社会人三年目で営業して回った五反田と大崎。

 馴染み深い景色に当時の記憶がシンクロする。

 横浜スタジアムでも試合をしたな。

 勝った記憶があんまりないけど。

 何でこんな遠くにキャンパスを作ったのかなあ。

 明治学院大学 戸塚キャンパス。

 戸塚より先は見慣れない風景が続いた。

 
 北鎌倉に列車が停まると、ホームの向こうの広場に青いニットを来た少年がいた。

 階段に腰掛けて何をするでもなく、ぼんやりと視線を泳がせていた。

 もしかしたら少女だったのかもしれない。

 列車が動き始めると、少年は列車に向かって手を振り始めた。

 彼の周りにたくさん子供たちが集まってきて一緒に手を振りながら歓声を上げていた。

 僕の子供時代には全く重ならない景色だった。

 誰かと一緒に楽しんだことはなかった。

 いつも一人だった。


 
 逗子で大学の体育会で一緒にアメフトをプレイした先輩に会った。

 先輩に大学当時の面影は全くない。

 髪だけでなく口髭まで長く伸ばしている。

 デニムメーカーの代表だ。

 来期、EUで展示会を実施し世界進出するという。

 素晴らしいな。

 「世界進出」とか聞くとこっちまで燃えてくる。

 昼間から生ビールを飲みながら、ビジネスの話しをした。

 

 孤立を恐れたことも、避けたこともない。

 孤立した記憶がそこらじゅうに蘇るけど、気持ちが通う仲間っていいもんだな。

 
 先輩と会話を終えて逗子の駅から列車が動き出しても、シートに身をうずめて、ずっとそんなことを考えていたんだ。



 桑村よしくに

  
 

 

 
 


終わりは始まり

 八月が終わって、ランドセルを背負った息子達を玄関で見送った。

 息子達の背中が小さくなるまで道路で彼らの姿を眺めた。

 「ずいぶんと歩くのが速くなったもんだな。」

 青くて高い空に目を移して

 「今年もすぐに終わってしまうな。」

 そんなことを思った。

 
 冬の空気が心地よくて、冷たい風が透き通っていたから、いつもならタクシーに乗るところを、外神田から日比谷まで歩いてみた。

 歩きでしか見れない景色がある。
 
 歩きでしか感じられないこともある。

 東京の師走の景色を見ながら、夏休みの終わりの息子達の背中を思い出したんだ。

 泣いても笑っても月日は流れる。

 悔しい思いはほとんどしなくなった。

 やらなければならないことがある。

 やりたいことがある。

 このままどこへ行くんだろう。

 ふわふわと歩いた。


 さようなら2012年。

 来年も二度とない今日を生きよう。


 桑村よしくに


 

 

 

 



 


収益の話し。

 今月末で桑村広告研究所は、今年度の半期決算をむかえます。

 昨年度の12月までの売り上げ実績をクリアしてしまいました。

 みなさまのおかげです。

 速度とクオリティを落とさずに下期も突っ走りますので、益々のご愛好をこの場を借りて、宜しくお願い申し上げます。

 
 桑村よしくに

 

 


マックのコーヒーに文句を言ってる昔の知人へ

 僕は仕事中に飲むコーヒーはできるだけ、マックやドトールではなくて、ホテルのラウンジで飲むことにしている。

 ペニシュラン東京、シェラトン東京、帝国ホテル、ホテルサザンタワー、コンラッド東京、キャピタル東急ホテル。

 ホテルのラウンジで飲むコーヒーは最高。

 心地のよいソファ。

 抜けのよい景色。

 BGM。

 客層。

 食器。

 漂う空気にコーヒーの味。

 サービス。

 何もかも完璧だ。

 打ち合わせもここで実施している。

 会話はいつもスムーズに運ぶ。

 ムードの問題なんだろうな。

 
 くだらない昼食を摂るなら、不味い居酒屋に行くなら。

 ホテルのラウンジでコーヒーを飲んでみてはいかがでしょうか。

 値段以上の価値がありますよ。


 まあ、全てはその人次第なんですけど。

 生意気言ってスミマセン。

 うふふ。


 桑村よしくに


 


高倉健さん

 僕は高倉健さんが好きだ。

 自分が出演する価値のある作品にしか出ない高倉健さん。

 芝居も大好きだが、この姿勢が好きだ。

 
 小学六年の時、浅草で見た「網走番外地」。

 劇場内はタバコの煙で真っ白だった。

 健さんが出てくる度に歓声が上がった。

 悪そうな大人が集まって興奮していた。

 
 「八甲田山」 「226」 「動乱」 「海峡」 「駅」 「ホタル」 「居酒屋兆次」。

 一番好きなのは「ブラックレイン」と「夜叉」。


 昨夜、NHKで高倉健さんのドキュメントを放映していた。

 81歳になられたそうだが、高倉健さんは高倉健さんのままだった。

 
 小学生の時に母親が働いていた東映撮影所。

 暴力を振るうオヤジが待つ家に帰宅したくなくて、気が付いたら自転車で撮影所に来ていた。

 自動販売機で食べた熱すぎるハンバーガーが美味かった。

 撮影所内をうろついていると、暗くなり始めた。

 きっと冬だったんだろうな。

 食堂のライトが煌々と明るくて。

 中を窓から覗いてみると、そこに高倉健さんがいたんだ。

 黒いタートルネックのセーターを着ていて、なにやら話しこんでいた。

 大人の世界を見た気がして、ドキドキした。


 テレビで見た健さんは、あの時の健さんのままだった。

 なんだか不安な時代を思い出しながら、少し自分の今までを振り返ってみたりした。

 悔しいことばっかりだったな。

 後悔なんて何もないけど。

 
 浅草の劇場や東映撮影所で感じた空気に魅了されて、僕は今の仕事をしているのかもしれない。

 「あなたへ」を家人と二人で鑑賞しに、劇場へ行こう。

 
 桑村よしくに

 
 


急性胃炎の話し。

 先週水曜日に発生した急性胃炎。

 全く食欲もないし、今日までほとんど食事をしていないのだが、体調は良好だ。

 たまにはいいかも断食。

 頭も非常にクリアだ。

 体重も5キロ落ちた。

 ようやく今日から食べ物を少し口にした。

 朝に青汁、午後に餃子五個&生ビール一杯。

 冷えたビールをゆっくり胃袋に流し込む。

 ジワッ〜。

 今まで感じたことのないジワッ〜。

 指先まで冷えたビールが染み込んだ。

 ということで、ガリガリ君ソーダ味と生ビールで急性胃炎を見事に克服したという話しからブログを再開しました。


 桑村よしくに

 

 


男は死んでも桜色

 いつもの看板にいつも暖簾。

 いつものカウンターにいつものメニュー。

 いつものジョッキにビールを注ぐ。

 いつもの笑顔が懐かしくて。

 いつものもつ焼きを食べている。

 
 関東は梅雨明けしたってな。

 ジリジリと照りつける太陽を見れば分かるよな。

 気温の上昇と共に益々オーダーが集中し、研究所もヒートしている。

 
 どんなに暑くたって、どんなに忙しくたって、変えてはならないことがある。

 そんなことをチラッと思いながら、僕はいつものカウンターに座ったんだ。


 終戦記念日がやってくる。

 行き過ぎた進歩は人類の手には負えない。

 重大な公害を四度も繰り返したって、人間は同じ過ちを犯す。


 「男は死んでも桜色」

 英霊に献杯。

 
 桑村よしくに

 
 

 

 


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